ニューヨークのアップステートに近い、マサチューセッツ州西部のバークシャー地方は、緑いっぱいの美しい自然が広がるエリアの中、素晴らしいミュージアムも多く、アート好きにおすすめの旅行先です。そんなバークシャー地方にある印象派の豪華なコレクションで知られる人気の西洋美術館が、クラーク美術館 (Clark Art Institute) です。クラーク美術館の中でも、特に充実しているのが、印象派を代表する、ルノワールのコレクションです。今年は、ルノワール没後、100年目という節目の年ということで、現在、クラーク美術館では、ルノワールの特別展も開催されています。
クラーク美術館
クラーク美術館があるのは、ニューヨーク州のアップステートやバーモント州との境界に位置するマサチューセッツ州西部のバークシャー地方です。リベラルアーツ教育で有名な名門大学、ウィリアムズ大学 (Williams College) がある、ウィリアムズタウンにあり、先日、紹介した North Adams にある、世界最大規模の現代アート美術館 MASS MoCA へも車で15分程と近い位置にあります。
クラーク美術館は、西洋アートを中心とした美術館です。コレクションは、19世紀のフランス、イギリス、アメリカの作品を中心に、それ以前のルネサンス期のイタリアやフランダース地方の作品、17世紀オランダ黄金時代の作品まで多岐に渡っています。また陶磁、銀、ガラスの食器や花瓶、木時計など歴史的な装飾アートも展示されています。中でも、一番の見どころとなっているのが、印象派を代表するルノワールやモネの作品です。
クラーク美術館は、クラーク夫妻 (Robert Sterling Clark & Francine Clark) のコレクションをもとに、1955年に、オープンしました。ロバートさんは、ミシンで有名なシンガーの創業者の一人のお孫さんで、パリで暮らしていた時に、フランス人の Francine さんと結婚し、アートは、お二人の共通の趣味だったそうです。ロバートさんは、アートの他、競走馬の育成にも力を注いでおり、そんな馬好きな一面が、コレクションの中からも感じられたり、とプライベートコレクションならではの面白さも楽しめます。
特別展ギャラリー
クラーク美術館では、正面入口の建物、クラークセンターの地下に、巨大な特別展ギャラリーがあります。
今年は、1919年に亡くなった、ルノワールの没後100年目となる年ということで、クラーク美術館では、今夏、ルノワールの得意なモチーフの一つ、ヌードに焦点を当てた特別展、“RENOIR: THE BODY, THE SENSES” が、2019年6月8日から9月22日まで開催されています。クラーク美術館、そして オルセー美術館、ピカソ美術館 など世界中の様々な美術館からやって来た、ルノワールの様々な時期のヌード作品と共に、ピカソ、セザンヌ、マティスら、ルノワールが影響を与えたアーティストの作品が合わせて展示されています。また、ルノワールの生涯についても詳しく紹介されています。この特別展では、写真撮影禁止のため、展示の様子は紹介できませんが、ルノワール好きの人は、とても楽しめる展示となっていて、おすすめです。
今回のルノワールの特別展は、その後、テキサス州のフォートワースにある、キンベル美術館 (Kimbell Art Museum) で、2019年10月27日から 2020年1月26日まで開催予定となっています。
美術館入口右手にも小さな特別展ギャラリーがあり、現在、Janet Cardiff さんの The Forty Part Motet と題された展示が行われており、40個ものスピーカーが使用された、美しい音色の教会音楽コーラスが響き渡る感動の空間が作り出されています。
クラークセンターには、地下にカフェ、一階には、ミュージアムショップなどがあり、ここから本館の Museum Building に渡る廊下が伸びている、優雅な素敵な雰囲気のミュージアムです。
ルノワール
クラーク美術館には、たくさんの素晴らしい、ピエール=オーギュスト・ルノワール (Pierre-Auguste Renoir) の作品があり、ルノワール好きは是非訪れたいミュージアムとなっています。
こちらは ルノワールの1879年の作品で、なんと、うちわを持つ女性 (Woman with a fan) を描いています。当時、開国したばかりの日本の文化は、欧米で大人気だったようで、モネ同様、ルノワールもかなりの日本好きだったようです。色使いも素敵な華やかな一番目を引く作品でした。
ルノワールらしい特徴の作品がこちら、印象派をプロモートしたアートディーラー、Paul Durand-Ruel の長女を描いた1882年の作品、Marie-Thérèse Durand-Ruel Sewing です。
クラーク美術館には「ルノワールの自画像」の作品もあります。1899年に描いた60歳前頃のルノワールの自画像です。
マネやカイユボットとは異なり、ルノワールは、労働者階級の生まれで、幼い頃に、ルーヴル美術館の近くに移り住んでいました。ルノワールがまだ子供だった10代前半から、磁器工場で磁気に絵を描く仕事をしていましたが、工場がつぶれてしまったため、二十歳過ぎから美術学校に通い出します。ルノワールは、この美術学校で、モネやシシリーらと知り合います。
ルノワールは、当時のアーティストの登竜門だったサロンへの出展は認められなかったことから、1874年、モネらと独自グループの展覧会を開き、これが最初の印象派展となります。そんなPR効果もあってか、次第に名声を高め、1879年、サロンに展示されることになりました。その作品が、メトロポリタン美術館に展示されている “Madame Georges Charpentier and her Children” です。アルジェリア、スペイン、イタリアなどへの旅行や、南仏への移住などを機に、そのスタイルも少しずつ変わっていき、ピカソ、セザンヌ、マティスら後の著名アーティストにも大きな影響を与えました。
特に、ルノワールにとって大きな転機となった、1881年のイタリア旅行でのベニスやナポリの光景などを描いた美しい作品も展示されています。
今でも多くのファンがいる、有名な印象派アーティスト、ルノワールの人生がこちら(YouTube)で紹介されています。
ルノワールの作品は、クラーク美術館の他、オルセー美術館、オランジュリー美術館、メトロポリタン美術館、バーンズコレクション、フィラデルフィア美術館、フィリップスコレクション などにも多くの素晴らしい作品コレクションがあり、毎回感動させられています。
モネ
第一回目の印象派の展覧会後の1874年に描かれた、モネのガチョウの作品です。
こちらは、イタリアのリグリア州の小さな中世の街にある橋の様子を描いた1884年の作品、Bridge at Dolceacqua。作品によって描き方が随分違っています。
オランダの街のチューリップ畑を描いた1886年の作品、Tulip Fields at Sassenheim。色々な場所を旅しては、作品を描いていました。
ドガ
「ドガの自画像」。ドガが20代前半の頃の自画像です。
ドガのお馴染みのバレリーナ像と馬の作品なども展示されています。
印象派の珍しい作品
クラーク美術館には、印象派のアーティストたちの珍しい作品コレクションが色々あり楽しめます。
こちらは、女性が登場する作品を得意とする、ルノワールの描いた、珍しい可愛いワンちゃんの作品です。猫のような名前なのですが、作品のタイトルは、”Tama, The Japanese Dog” という作品です。
こちらは、ぱっと見、モネの作品のように見えますが、なんとルノワールの作品です。
こちらの作品は誰かわかりますか?ドラクロワの作品のようなモチーフを、マネ風に描いている作品ですが、実は、モネの作品です。
絵具を置くパレットそのものに絵を描いた、珍しい芸術的な作品もありました。パレットに絵を描いたアーティストは、ピサロです。
この他、シスレー、メアリー・カサット、ロートレック、ゴッホらの作品もあります。
19世紀ロマン主義
印象派アーティストの作品への興味からアートへ関心を持ったと思われるクラーク夫妻ですが、印象派誕生に影響を与えた19世紀初期のロマン主義の巨匠の作品の数々も展示されています。
ドラクロワ
19世紀フランスの巨匠、ドラクロワの馬をモチーフとした作品。馬好きのロバートさんならではのセレクションかもしれません。
クールベ
同じく、19世紀フランスアートの巨匠、クールベの1869年の迫力ある波が印象的な作品。
ターナー
19世紀前半に活躍したイギリスの巨匠、J.M.W. ターナーの作品もあります。こちらは、ターナーの晩年、1840年の作品、Rockets and Blue Lights (Close at Hand) to Warn Steamboats of Shoal Water。
コンスタブル
ターナーと同時代に活躍したコンスタブルの作品。こちらは、1829年の作品、Waterloo Bridge Seen from Whitehall Stairs。
トーマス・ローレンス
イギリスは、アンソニー・ヴァン・ダイク以来、肖像画の伝統があります。18世紀後半から19世紀前半にかけて活躍した肖像画で有名なトーマス・ローレンスの作品もあります。
ゴヤ
18世紀後半から19世紀前半にかけて活躍したスペイン人アーティスト、ゴヤの作品。
19世紀アカデミックアート
印象派が認知される前の19世紀後半、アート界で主流だったのが、アカデミックアートです。
そんなアカデミックアートを代表するような、ネオクラシカルな雰囲気の荘厳なギャラリーの中央に、美しい豪華な装飾のピアノが置かれています。見たことがないような手の込んだ美しい装飾が施されたゴージャスなピアノで、見る人たちをうっとりとさせる注目のピアノでした。
周囲には、神話、歴史、オリエンタリズムをモチーフとした写実的な作品が並んでいます。
William-Adolphe Bouguereau
フランスのアカデミックアートの代表的アーティスト、William-Adolphe Bouguereau の1873年の作品、Nymphs and Satyr。
Lawrence Alma-Tadema
オランダ出身、イギリスのアカデミックアートの代表的アーティスト、Lawrence Alma-Tadema の1887年の作品、The Women of Amphissa。幻想的な世界がとても写実的に精密に描かれています。
John Singer Sargent
アメリカでも活躍し、肖像画で有名なイギリス人アーティスト、サージェントの1880年のエキゾチックなオリエンタリズム的な作品、Smoke of Ambergris も印象的です。
古典西洋アート
クラーク美術館のコレクションは、19世紀が中心ですが、西洋美術史上重要なルネサンス期のイタリア、フランダース地方、17世紀オランダの黄金時代などの作品も展示されています。
15世紀後半、ルネサンス期に活躍したアーティスト、Domenico Ghilandaio の作品なども展示されています。Ghilandaio は、ミケランジェロの先生だったアーティストです。
17世紀のスペイン人バロックアーティスト、ムリリョの作品などもあります。
19世紀アメリカンアート
19世紀後半に活躍したアメリカ人アーティストの作品も展示されています。特に、3人のアーティストの作品を中心に展示されています。
Winslow Homer
ニューイングランド地方で生まれ、活躍し、海をモチーフとした風景画を多く描いたのが、Winslow Homer です。
Frederic Remington
ニューヨーク出身で、馬が登場するアメリカ西部をモチーフとした作品で有名なのが、Frederic Remington です。
George Inness
ニューヨーク出身で、印象派とはまた違ったバルビゾン派風なスタイルのアーティスト、George Inness の作品も展示されています。
装飾アート
ニューイングランド地方の美術館で必ずあるのが、陶磁器などの装飾アートのギャラリーです。
美しいお皿や紅茶カップなどがずらりと展示されていて、アンティーク好きも楽しめる空間です。銀細工やアジア風の家具なども展示されています。
Manton Research Center
美術館の本館から繋がっている別館、Manton Research Center の2階では、アメリカ装飾アート (American Decorative Art) が展示されています。
美しい銀のティーポットなどのコレクションが並んでいましたが、特に、その木製の手のついた銀のティーポットが特徴的でした。銀細工や木製の時計なども多数展示されています。
お隣には、ガラスの装飾アートのギャラリーもあります。
研究施設と言うことで、1階には、図書館もあります。また、ターナーとコンスタブルの作品が展示されている小さなギャラリーもあります。
クラーク美術館のアート鑑賞の後には、センスのいいミュージアムギフトショップにも立ち寄ります。
最後に忘れてはいけないのが、クラーク美術館の睡蓮の池です。外に出ていくと、美しい睡蓮が咲いている池も見ることができます。
クラーク美術館は自然豊かな素敵なエリアにあり、実はトレイルも楽しむことができます。この日は、残念ながら雨模様だったので、ゆっくりと散策はできませんでしたが、美術館の周りには、トレイルコース (地図-PDF) も用意されています。
見応えのある美術館で、全体を一通り見て回るには、3時間程みておくといいと思います。
クラーク美術館 Clark Art Institute
225 South St, Williamstown, MA 01267 地図
アート好きの人は、ウィリアムズ大学美術館 (Williams College Museum of Art) にも立ち寄ってみるのもおすすめです。現在は、建物が工事中のため、別スペースで、Summer Space として、ギャラリー兼ショップとしてオープンしていますが、9月以降から、本館が再オープンします。
MASS MoCA、そして夏の人気音楽イベント、Tanglewood Music Festival などと合わせて、バークシャー地方を周ってみる、夏の旅もおすすめです。