ニューヨークのグッゲンハイム美術館では、今ちょっと珍しい社会派の特別展が開催されていてとても人気になっています。2月20日からはじまったばかりのこの特別展は、”Country, The Future” と題された、カントリーサイドなど、人口の集中する都市部以外の広大なエリアの未来の可能性がテーマで、グッゲンハイム美術館の螺旋状のメインギャラリーが、いつものアート展示とは違う、写真パネルや映像でいっぱいのまるでトレードショーや博覧会のような雰囲気となっています。
ニューヨークのグッゲンハイム美術館と言えば、20世紀前半を中心に活躍したアメリカの著名建築家、フランクロイドライトのデザインした個性的な建物で、昨年、グッゲンハイム美術館も世界遺産に選出されました。そんなグッゲンハイム美術館で、先日、2月20日からはじまったのが、世界的に活躍するオランダ人著名建築家、Rem Koolhaas さんらによる、一風変わった特別展、カントリーサイド・ザ・フューチャー (Countryside, The Futuer) です。
Rem Koolhaas さんと言えば、ロッテルダムベースの建築ファーム、OMA (Office for Metropolitan Architecture) の創業パートナーの一人で、都市計画やデザインを専門とするアーバニスト (Urbanist) として知られる建築家です。アメリカでは、シアトルの図書館 (Seattle Center Library) のデザインなどを手掛けています。Rem Koolhaas さんらが、問題意識を持っているのが、現在の都市部への人口集中による、都市部とそれ以外のカントリーサイドの人口分布の不均衡です。そんな不均衡の解消を目指し、カントリーサイドの未来についての展望をテーマとしたのが、今回の特別展で、アートを専門とする、グッゲンハイム美術館で開催されることが珍しいのはもちろんですが、このようなテーマの企画特別展が行われること自体、ミュージアム全般でも大変珍しいことです。
Rem Koolhaas さんが、OMA のシンクタンクのディレクターや、ハーバードのデザイン大学院をはじめ、中国やオランダなど世界各国の教育機関の学生と共に、カントリーサイドの未来について、様々な側面から考えてみよう、というのが特別展のテーマとなっています。例えば、ニューヨークでは、デザインではなく、エンジニアリング重視の、均一的な Super-slender 高層ビル が増えていますが、建築家として、世界的に進む、そんな都市部一極集中的なトレンドを変えて行きたいという、長期的な考えもあるのかもしれません。
今回の特別展では、郊外から極地まで幅広い都市以外の存在をカントリーサイドとし、5年もの歳月をかけたという幅広いリサーチの内容が展示されています。
展示は、多くの人が思い浮かべるカントリーサイドの姿からスタートします。カントリーサイドと言えば、都会の喧騒からの逃避先として、レジャーやウェルネスの側面で関わりがある人が多いと思いますが、そんな活動の歴史や統計などが紹介されています。
続いて、20世紀初頭以降、国土の開発が国家の一大事業だった時代の各国の開発の事例も紹介されています。
アメリカの中西部・山岳部の土地売却やニューディール政策をはじめ、ドイツ、ソ連、中国などいくつかの国々の政策やプロジェクトが紹介されています。
ドイツでは、20世紀前半、ヨーロッパとアフリカを結ぶ Atlantropa と呼ばれる壮大なプロジェクトが構想されていたようです。
ドローンなどテクノロジーを活用した、最近の中国の農業の様子も紹介されています。
かつてのカントリーサイドを舞台とした様々なムーブメント、最近では、アグリテックなどカントリーサイドに関連する様々なトピックについても紹介されています。
カントリーサイドの一例として、フィリップ・ジョンソンのグラスハウス も登場していました。
難民問題への対処もカントリーサイドを上手に利用していくことができます。
一際目立つマンモスのセクションでは、科学と政治がテーマとなっています。簡単な数式で記述できるような単純な現象では、異論のはさみようがありませんが、様々な要因が絡み合った複雑な自然現象では、明確に白黒はっきりさせるのが難しい上に、政治的な思惑が絡み合い、意見の統一を図るのが簡単ではありません。
そんな事例が、ゴリラの自然保護や、
地球規模での温暖化による雪解けや海面上昇など気候変動問題も取り上げられています。
購入することが保護につながるという経済の原理を環境保護に応用しようという試み、エコロジカルエコノミクスについても紹介されています。パタゴニアの例が詳しく展示されています。
展示見学の途中、グッゲンハイム美術館の建物も見渡してみると、グッゲンハイム美術館ならではの美しい螺旋状のギャラリーが一望できます。
らせん状のギャラリーを上っていった最後のセクションは、テクノロジーの発展によるカントリーサイドの未来の可能性を紹介しています。
カントリーサイドでの最大の問題は、人不足で、コストがかかることです。少ないリソースで、生活、ビジネスを回していかなくてはならないカントリーサイドで役立ちそうな、日本からやって来たロボットなども紹介されていました。
最近では、太陽光発電や風力発電もカントリーサイドでお馴染みの光景となってきています。
最近では、都市部でもテクノロジーを活用した農業がみられるようになっていますが、そんなテクノロジーを、カントリーサイドで利用すれば、さらに効率的に運営することができるのかもしれません。美術館の外にも、ピンクの温室と巨大なトラクターが、今回の展示のシンボルとして置かれています。
ソフトウェアとロボットでコントロールされる自動栽培装置なども展示されていました。
館内の様々な部分のデコレーションにも工夫が凝らされていてデザインも面白いです。柱部分には、カントリーサイドをテーマとした雑誌の表紙が、ずらりと並べられています。
新旧の融合をデザインのテーマとしているのか、色々な所で、西洋美術の人間のモチーフが、テクノロジーと一緒に登場します。
グッゲンハイム美術館の空間によく展示されているカルダーの作品が、今回のテーマに合わせて装置に変身していました。ミュージアムのフロアには、カントリーや人をテーマにしたレトロなイラストシールでにぎやかなフロアになっています。
こちらは、Rem Koolhaas さんによる今回の特別展の紹介です。
テクノロジーの発展により、スケールさせることができ、カントリーサイドでの手間とコストを削減できたら、都市とカントリーサイドの2極生活も可能かもという期待を抱かせてくれる内容となっています。アートではない、普段と全く違うテーマのグッゲンハイム美術館の特別展となっていますが、都市計画など社会的な分野に興味がある人におすすめの展示となっています。Countryside, The Future は、2020年8月14日まで開催されています。
この他、グッゲンハイム美術館の印象派・ポスト印象派の常設展、カラーフィールドなど抽象アートの特別展も開催されています。グッゲンハイム美術館の基本情報は、こちらをどうぞ。