ニューヨークのメトロポリタン美術館では、18世紀後半から19世紀初頭にかけて活躍したスペインの巨匠、フランシスコ・ゴヤ (Francisco Goya) の版画やデッサンをテーマとした特別展、Goya’s Graphic Imagination が、開催されています。ゴヤと言えば、ベラスケスと並び、スペイン古典西洋美術の二大巨匠として知られるスペイン王室の宮廷アーティストだった人物で、絵画の他、版画やデッサンなど様々な媒体でロマン主義的な作品を残し、近代アートの先駆けとしても知られています。銅版画のエッチングで、描かれた4大版画集として知られる、ロス・カプリチョス (Los Caprichos – 気まぐれ) や、ロス・ディスパラテス (Los Disparates – 愚行) シリーズをはじめとした、ゴヤの版画やデッサンが大集合し、ギャラリー前には行列ができ、とても熱心に見入っている人も多い、熱気溢れる人気展になっています。
ニューヨークを代表するミュージアム、メトロポリタン美術館も、春を目前に賑わいを取り戻して来ています。そんなメトロポリタン美術館で、2月12日からスタートしている新特別展が、スペイン個展西洋美術の巨匠、フランシスコ・ゴヤ (Francisco Goya) の版画やデッサンをテーマとした展示、Goya’s Graphic Imagination です。
ゴヤのミュージアムといえば、まず思い浮かぶのが、スペイン王室のコレクションがたくさん集まる、スペインのマドリードにある プラド美術館 ですが、メトロポリタン美術館にも宮廷アーティストならではのフォーマルな肖像画の絵画作品コレクションが展示されています。
今回の特別展では、デッサンや銅版画のエッチングなど様々な媒体と手法で描かれた作品がテーマとなっています。特別展の会場となっているのは、正面の階段を上り、左手に進んだデッサンのセクションにある、ギャラリー691、692、693 で、ギャラリー前には長い行列が出来ていました。特別なチケットは必要ありませんが、この日は週末で、30-40分程待ちの人気ぶりでした。是非、見てみたいという人は、閉館ギリギリだと列は打ち切られてしまい見れない可能性もあるので、早目の時間に訪れるのがおすすめです。行列の途中、ギャラリーの外にもいくつか作品が展示されています。
フランシスコ・ゴヤ (Francisco Goya) は、18世紀中頃 1746年、サラゴサを中心とするスペイン北部のアラゴン地方に生まれ、スペインの首都、マドリッドで学び、アーティストとしてのキャリアをスタートします。当時のアートの中心、ローマで過ごした時期もあります。ゴヤは、宮殿などに飾る、当時の人々の日常の様子をロココ調で描いた巨大な絵画シリーズ、tapestry cartoons で名声を得て、その後、1786年にスペイン王室の宮廷アーティストとなります。その頃から晩年にかけて、ゴヤの作品の主要な媒体の一つとなっていったのが、エッチングなどの複製可能な版画作品で、今回の展示では、ゴヤの版画や下書きのデッサンがテーマとなっています。
ゴヤの作品は、時代ごとに大きく変化していきます。啓蒙思想 (Enlightenment) が隆盛だった18世紀から、科学や論理至上主義への反発から生まれたロマン主義に移り変わる時代に、ゴヤは活躍していました。ナポレオンが登場し、戦争が頻発した激動の19世紀初頭を生きてきたアーティストであり、暗い時代には、ファンタジーのような幻想的な作品を残しています。晩年に制作された、水彩画で描いたような、巨人が座っている、アクアチント (Aquatint) による版画は、19世紀前半の神秘的なロマン主義の時代の雰囲気を醸し出している作品です。
展示は、3つの部屋に渡って展開されており、壁や部屋の中央に、現在のイラストや漫画の出版物の起源と言えるような作品が数多く飾られています。
会場に入り、まず目に止まるのが、プラド美術館で見覚えのある、ゴヤの生まれる100年程前、17世紀前半前後に活躍したスペインの誇る巨匠、ベラスケスの作品を模倣した版画の数々です。ゴヤの版画の出発点となったと思われるのが、スペイン王室で絶大な人気を誇った、ベラスケスの作品です。ベラスケスの作品の模倣が欲しいというリクエストが多く、その希望を叶えるために、一気に作品を制作できる版画技術を利用したのではないかと思います。
こちらは、ベラスケスのバッカスの勝利をもとにした銅板版画、エッチングの作品です。
こちらもベラスケスの有名な『オリバーレス伯爵騎馬像』(Equestrian Portrait of the Count-Duke of Olivares) のエッチング作品。単なる模倣ではなく、目立たないようにゴヤらしさが含まれています。
ゴヤは、宮廷アーティストとしての仕事以外にも、アルバム (Album A, B, C, D, E, F, G,…) と言う形で、社会の様子や、風刺、政治的なテーマのものまで様々な個人的なプロジェクトでの作品を数多く残しています。今回の展示では、そんな作品の数々も展示されています。
若い女性が、ロープでブランコのように遊んでいる様子を描いた作品。Madrid Album ‘B’の作品、Girl on a swing, a man with his arms raised。
動物が登場する作品もよく描かれています。こちらも、Madrid Album ‘B’ の作品で、Masquerading asses being whipped。
そんな個人的なプロジェクトからおそらく誕生したのが、版画作品を集めた本の出版です。ゴヤの最初の版画作品集、Los Caprichos は、1797、98年に制作した、主にアクアチントによる 80作品からなり、1799年に出版されました。
アクアチント(Aquatint) は、エッチングで使用する銅板の表面に防錆剤を熱で定着させ、腐蝕させたものを使用する版画手法で、面で明暗を付けることで、より繊細な表現が可能になります。
こちらは、Capricho No. 23、カトリックの異端審問の様子を描いた作品、Aquellos polvos (Those specks of dust)。ゴヤも、Los Caprichos の出版も含め、何度か異端審問にかけられたそうです。
動物が登場するモチーフも多く、No. 43, The Sleep of Reason Produces Monsters では、フクロウとコウモリが登場しています。
版画作品と合わせて、下書きのデッサンも飾られているものもあります。
オウムが、人間たちを諭しています。こちらは、Capricho No. 53: ¡Que pico de oro! (What a golden beak!)。今見ると、風刺や皮肉が込められていて、とても面白い作品集に思えますが、30コピー程しか売れず、銅板と残りのコピーを王室に譲ってしまったそうです。
作品は、ゴヤの4大版画集に登場するものなど時代順に展示されています。
一つ目のギャラリーでは、Los caprichos をはじめとした18世紀末の作品、
二つ目の中央ギャラリーでは、闘牛を描いた La Tauromaquia、スペインを舞台に起こった戦争を描いた The Disasters of War など、19世紀初頭から1816年頃までの作品、
最後の出口のギャラリーでは、Los Disparates と、亡命先のボルドーで亡くなるまでに描いた作品の数々が展示されています。
ゴヤが、スペインの伝統文化の一つ、闘牛を描いた作品集が、1816年に出版された La Tauromaquia です。闘牛の様々なシーンを描いた作品が展示されていて、こちらは、31番目の作品、Banderillas de fuego (“Fiery “banderillas”) です。
18世紀初頭のスペインの大事件と言えば、1808年に起こった、ナポレオンによるイベリア半島の占拠でした。スペイン、ポルトガル軍にイギリス軍が加わり、フランスと半島戦争を戦うことになります。ゴヤが、そんな戦争の悲惨さを1810年から1820年頃に描いた作品集が、Los Desastres de la Guerra (The Disasters of War) です。ゴヤの生前に出版されることはなく、死後35年後の1863年に初出版されました。こちらは、79番の作品で、死者を弔っている様子が描かれています。
アニメなどで出てきそうな面白いキャラクターです。4th vision in the same night (Album C)
こちらも異端審問の様子を描いた作品、”For wagging his tongue in a different way”。ゴヤは、異端審問に対して強い意見と感情を持っていたのではないかと思います。
イベリア半島を舞台に、イギリス連合軍対フランスが戦った半島戦争終了後、1815年から1823年頃にかけて、ゴヤが、晩年、取り組んでいたのが、寓話を意味する Los Disparates と呼ばれるシリーズでした。Los Disparates では、ファンタジーのような世界が描かれていて、例えば、鳥のように飛ぶ人間など、こんな作品があり、印象的です。
こちらは、Νο. 12: Disparate alegre (Merry folly)。
Los Disparatesも、ゴヤの生前に出版されることはなく、1863年の The Disasters of War に続いて、1864年に出版されました。
ゴヤは、80歳を目前にした 1824年、フランスのボルドーに亡命します。
スペイン文化を懐かしんでか、闘牛をモチーフとしたリトグラフの作品などを描くようになりました。エッチングのアクアチントを得意としたゴヤですが、晩年に新しい版画技術にも挑戦していたようです。
こちらも、スペインの代表的文化の一つ、アンダルシア地方の踊り、フラメンコを描いたリトグラフ。
お祭りの様子でしょうか、新天地フランスで目にした面白い光景のスケッチも残しています。クレヨンで描かれた作品です。
スペイン王室のために描いたかしこまった肖像画の作品とは違い、今回のゴヤの版画やデッサンの特別展では、ゴヤのパーソナルな面がよく理解できる展示となっています。こちらは、METによる特別展の紹介映像です。
Goya’s Graphic Imagination は、5月2日まで開催されています。
ゴヤの絵画作品は、2階正面奥の新しくなった古典西洋美術セクションの ギャラリー619 に、ずらりと勢揃いしています。
メトロポリタン美術館のゴヤの常設展がある、新古典西洋美術のギャラリーの様子は、こちらです。
メトロポリタン美術館 2階西洋絵画ギャラリー再開!スカイライトプロジェクトで明るく変身 A New Look at Old Masters
メトロポリタン美術館の定番の見どころはこちら。
ゴヤの作品がたくさんある、スペインの有名なプラド美術館も素晴らしいミュージアムです。