ニューヨークの近代美術館、MoMA(モマ)では、20世紀スペインの近代アートの巨匠、ジョアン・ミロ (Joan Miró) の企画展、”Birth of the World” が開催されています。モマは、古くは1941年にミロの特別展を開催したりとミロとは関係が深く、数多くのミロの作品を所有しています。今回の展示では、その充実したコレクションを中心に、60点もの作品が展示されています。ミロに大きな転機が訪れたのが、パリに移り住んだ、1920年代、当時、盛り上がりつつあったシューレアリスムに傾倒していきます。そんな時期、1925年に、ミロが描いた詩的なシューレアリスムを通り越した抽象表現な雰囲気の作品、”The Birth of the World” が、今回の特別展の目玉となっています。
20世紀は、ピカソ、ミロ、ダリらスペイン出身のアーティストが大活躍しました。3人は、それぞれ10歳程年が離れていて、最年長がピカソ、最年少だったのがダリ、そして、その中間がミロでした。それぞれ年が離れていますが、3人ともスペインのバルセロナを中心都市とするカタロニア地方と関係が深いアーティストで、お互いの影響が感じ取れます。3人とも、第一次世界大戦、第二次世界大戦、スペイン内戦、フランコの独裁など20世紀前半の混乱した世界情勢を表現した作品を残していますが、ミロの作品には、特に、詩的なメッセージが感じられます。
今回のモマの特別展は、ミロに焦点を当てた、ミロが20代中頃から60歳前後まで、1920年から1950年頃の作品を中心に展示されています。今夏予定されている モマの拡張リノベーション工事の最終段階のための MoMaの一時閉鎖 がはじまる6月15日までの開催となっています。
ミロが、まだバルセロナにいた20代中頃の1917年の作品。着物姿を描いた日本画っぽい肖像画の背景に目がいきます。ゴッホ、そして派手な色使いのフォーヴィスムの影響が感じられます。
ミロが、初めてパリを訪れたのが、20代後半の1920年。同郷のピカソが作品を購入してくれたり、面倒をみてくれたこともあり、パリの芸術家コミュニティーにすんなりと馴染めたようです。
こちらは、パリでの新たな影響が感じられる1921年の作品です。手袋や新聞など身の回りの物を描いた作品ですが、どこか非現実感があり、キリコ(Giorgio de Chirico)のような雰囲気です。
第一次世界大戦に対する虚無感から生まれた既成の秩序や常識に反抗するダダイスムに続き、1920年代に隆盛となったムーブメントが、非現実的な世界を描くシューレアリスムです。こちらも何気ない静物画ですが、どことなくシュールな雰囲気です。
それまでの他のアーティストの影響が感じられる作品から一転し、ミロらしさが表出した作品が、1924年の The Hunter (Catalan Landscape) です。平面的に抽象的なキャラクターを登場させて描いたカタロニアの風景です。かつて、シューレアリスムムーブメントのリーダーだったアンドレ・ブルトン(André Breton) が所有していた作品だそうです。1922年に描いた作品、The Farm をさらに抽象化した作品です。The Farm は、かつて、ノーベル文学賞を受賞したことでも知られるアメリカ人作家、アーネスト・ヘミングウェイが所有していた作品で、現在は、ワシントンDCのナショナルギャラリーにあります。当時の知識人たちに愛されたアーティストでした。
オランダ黄金時代のアーティストの作品をもとに描いた1928年の作品、Dutch Interior (I)。オランダ国立美術館(Rijksmuseum)を訪れたミロは、Hendrick Martensz. Sorgh、Jan Steen らの作品から3作品を描いています。
こちらが、その下書き。デッサンの作品も色々と展示されています。
ちなみに、オランダの美術館訪問で感化され、この作品の元となった作品は、The Lutenist, Hendrick Martensz. Sorgh, 1661 です。ここまで、抽象化されてしまうと言われないと分かりません。
こちらは、絵画と彫刻が合わさったような1930年の作品、Relief Construction。ピカソ同様、ミロは、絵画だけでなく、コラージュ、彫刻、陶芸など様々な媒体で実験的な作品も手掛けており、絵画以外の作品も一部展示されています。
ピカソっぽいモチーフに、ミロらしい色使いの1932年の作品、Bather。
こちらは、1933年の作品。抽象的なキャラクターに、少しロスコが思い浮かぶ背景。1929年のニューヨーク株式市場急落をきっかけに、はじまった世界恐慌の続く1930年代には、次第に暗い色使いの作品へと変化していきます。
鳥たちと一緒に、不気味な人の顔も登場している愛する小鳥(Hirondelle Amour)。
怒った感じがする女性像。
ロープと人(Rope and People)。など自由が圧迫され、束縛感のある感じを表現した、スペイン内戦前のスペインの社会情勢が表現されているのかもしれません。
ダリを彷彿とさせる不思議な彫刻作品もあります。
スペイン内戦がはじまったのは、1936年。こちらは、人間、山々、空、星、鳥など田舎の自然を描いた1936年の作品、”Personages, Mountains, Sky, Star and Bird”。フランスで暮らすミロでしたが、毎年夏には、母国スペインの Mont-roig del Camp で過ごしていたそうですが、内戦勃発以降、Mont-roig del Camp へ帰ることができなくなりました。そんな悲しい心境を描いたものかもしれません。
1937年、絶望感が漂う男性を描いた作品、Head of a man。
こちらも、1937年の静物画。靴、パン、フォークなど日常の光景を描いたものですが、凄い色使いの作品です。
1938年に描いた自画像。こちらも凄い形相です。
ミロは、1939年に、第二次世界大戦の戦禍を避けるためノルマンディー、その後、ナチスのフランス占領を受け、スペインのマジョルカ島に避難します。都市ではなく、大自然の中で見られる美しい星空の影響からか、星座をテーマとしたシリーズを製作しています。こちらは、そんな世界から逃げ出したいという想いが感じられる、1940年の作品、”The Escape Ladder”。
こちらも。星座シリーズ(Constellation series)の一つ、1941年の作品、”The Beautiful Bird Revealing the Unknown to a Pair of Lovers”。遥か昔に、洞窟などに描かれた壁画のような原始的、平面的な感じですが、同時に詩的な物語性が感じられます。
今回の特別展のタイトルとなっている作品が、こちらの “The Birth of the Wrold” です。ミロは、1940、1950年代、Jackson Pollock や Mark Rothko らニューヨークで隆盛となった抽象表現主義のアーティストたちに大きな影響を与えた存在です。1925年、時代に先駆け、シューレアリスムを通り越し、自身の内面を自由に表現するアブストラクトエクスプレッションの先駆けとなった作品です。
こちらは、SFMoMA のカルダーのギャラリーですが、ミロの有人でもあったカルダーの作品は、ミロの世界が具現化された感じとなっています。
今回の展示でも感じられましたが、ミロの作品には、戦争、独裁と言った当時の暗い状況が表現されています。少し長いですが、こちらは、ワシントンDCのナショナルギャラリーによる映像作品です。ミロのバイオグラフィーを通じ、ミロの作品に大きな影響を与えた20世紀前半の歴史とミロの関係について詳しく紹介しています。
ミロの特別展、“Joan Miró: Birth of the World” は、2019年6月15日までの開催です。たくさんある MoMA の見どころは、こちらでも紹介しています。
ミロと並ぶ20世紀スペイン出身の著名アーティスト、ピカソやダリは、例えば、パリのピカソ美術館、フロリダ州セントピーターズパークのダリ美術館などで数多くの作品が見られます。