メトロポリタン美術館では、メディチ家の特別展、The Medici: Portraits and Politics, 1512–1570 が現在開催中です。ヨーロッパ旅行がしずらい今、ヨーロッパ旅行気分で楽しめる、フィレンツェの雰囲気のアート展で人気になっています。ルネサンス期から近代初期にかけて、フィレンツェの支配者として長く君臨し、ルネサンス期の大パトロンとしても知られる、メディチ家の16世紀、1512年から1570年にかけての時代をテーマにした特別展です。16世紀は、フィレンツェ、そして、メディチ家にとって激動の時代でした。メディチ家がフィレンツェを追われたり、返り咲いて共和制から君主制へと変遷を遂げたりした、その時代、メディチ家、そして、コジモ1世が、どのようにアートや文学を政治に活用していたのか、そんな社会的な側面もテーマとなっています。ブロンジーノら後期ルネサンス、マニエリスムのアーティストたちによる、メディチ家をはじめとした様々な人物の肖像画や、彫刻、コイン、ドレス、武器、書物などの貴重な品々が集まる豪華な展示となっています。
ニューヨークのメトロポリタン美術館では、常設展の他、期間限定の様々な特別展が開催されていますが、現在開催されている目玉の特別展が、ルネサンス後期マニエリスムの時代に当たる、16世紀のメディチ家の肖像画をテーマとした、The Medici: Portraits and Politics, 1512–1570 です。
メディチ家特別展の会場となっているのは、メトロポリタン美術館 2階正面左手、特別展専用の ギャラリー999 です。ギャラリーの入口には、メディチ家の紋章が描かれています。
メディチ家は、ルネサンスの中心のイタリアの人気都市、フィレンツェと切っても切れない関係にあり、14世紀に銀行家として成功し、街の有力者となり、後に君主家として、18世紀前半までフィレンツェを支配していました。メディチ家は、アートを支援し、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ボッティチェリと言った巨匠たちのパトロンでもありました。そんなメディチ家のコレクションは、イタリア、フィレンツェの有名美術館、ウフィツィ美術館 に勢揃いしています。
入口で出迎えてくれるのは、メディチ家の最盛期を築き上げた、コジモ1世です。銅像と大理石の2体の像の作品が並んでおり、よく見ると、銅像の目の部分には、銀が使用されています。今回の特別展では、16世紀中頃に活躍したコジモ1世を中心に、15世紀末からフィレンツェを追われていたメディチ家が、Giovanni & Giulio de’ Medici により再びフィレンツェに返り咲いた、1512年から歴史を振り返る形の展示となっています。
フィレンツェは、もともとは、共和制で、フィレンツェ共和国でした。そんなフィレンツェが、街の有力者だったメディチ家による君主制となったのが、16世紀のことで、特に、コジモ1世は、トスカーナ大公国を成立させ、専制君主として支配し、現在のフィレンツェの景観を作り出した人物です。フィレンツェの歴史は、こちらの動画などで概観できます。
フィレンツェには、メディチ・リッカルディ宮殿(Medici Riccardi Palace) をはじめコジモ1世により建設されたものが数多く残されています。ヴェッキア宮殿などのあるフィレンツェのシニョリーア広場のネプチューンの噴水もコジモ1世によるものです。まだ国外に旅行に出かけるのが、難しい状態が続いていますが、今回の特別展では、フィレンツェをはじめヨーロッパやアメリカの著名美術館からも作品の数々がやって来ていて、フィレンツェの雰囲気を楽しむことができるようになっています。
展示では、メディチ家の人々の肖像画を中心に、ルネサンス後期に当たる16世紀、マニエリスムの時代に、フィレンツェで活躍した様々なアーティストの作品が展示されています。最もフィーチャーされているのが、マニエリスムを代表するアーティストの一人、独特の柔和で優し気な表情が特徴のブロンジーノ (Bronzino) です。こちらは、まだ若かった頃のブロンジーノの作品で、可愛いワンちゃんと一緒に女性が描かれています。
こちらのギャラリーでは、メディチ家の系図と共に、Giuliano de’ Medici, Duke of Nemours、Lorenzo de’ Medici, Duke of Urbino、Pope Clement VII、Alessandro de’ Medici 16世紀初頭前後のメディチ家を代表する人物たちの肖像画が展示されています。メディチ家は、15世紀頃に、銀行家として力をつけ、その後何人ものローマ教皇を輩出しています。バチカン同様、アートを支援し、アートを積極的に政治や影響力を拡大する機会に活用したことでも知られています。
16世紀末からフィレンツェを追われていたメディチ家ですが、1512年に、ジョヴァンニ & ジュリオ・デ・メディチ (Giovanni & Giulio de’ Medici) が、ローマ教皇やスペイン王の支援の下、フィレンツェの支配者として返り咲きます。後に、Giovanni & Giulio de’ Medici は、ローマ教皇 クレメンス7世 (Leo X、Clement VII) となります。
一方、フィレンツェでは、1527年、再びメディチ家が追放されてしまいますが、神聖ローマ帝国、ローマ教皇軍の支援により、再びメディチ家が返り咲き、そこで君主に選ばれたのが、Alessandro でした。
こちらは、フィレンツェが、1529年から1530年にかけて、神聖ローマ帝国により攻撃を受け、包囲 (Siege of Florence) された時代を描いた作品で、青年が美しい衣装を着つつも武器を手に取っています。こちらは、ブロンジーノの師匠だった、ポントルモ (Pontormo) の作品です。
コジモ1世は、メディチ家の主流ではなく、弟側、Lorenzo の系譜でしたが、1537年、Alessandro が暗殺され、兄側の系譜が絶たれたため、メディチ家を継承することになります。コジモ1世は、今回の特別展の主役となっており、メトロポリタン美術館は、Influencer How to という面白い形式で、16世紀に、フィレンツェの支配者として地位を確立した、コジモ1世の影響力獲得に向けた戦略を紹介しています。
こちらは、ブロンジーノによる作品で、鎧姿で凛々しく描かれたコジモ1世と妻、エレオノーラ・ディ・トレド (Eleanor of Toledo) です。
そして、こちらは、フランチェスコ・サルヴィアーティ (Francesco Salviati) が描いた、コジモ1世の父、ジョヴァンニ・デッレ・バンデ・ネーレ (Giovanni delle Bande Nere) です。
凛々しい姿など外向きに描かれた作品のギャラリーの次は、絵画や詩を愛した、コジモ1世のパーソナルな側面が垣間見られる作品が並んでいます。
メット所蔵で、今回の特別展のポスターにも描かれている若い男性の肖像画もここで展示されています。
当時は、一般公開用ではなかったようですが、自身のヌードを、聖ヨハネ (Saint John the Baptist) や ギリシア神話のオルペウス (Orpheus) などに重ね合わせた作品も展示されています。
当時の宮廷では、ピエロ的な役として、生まれつきまたは病気で背が伸びない小人が雇われていたようです。こちらは、コジモ1世が雇っていたという、ドワーフ、モルガンテ (Morgante) が、海の怪獣に乗っている様子が描かれた幻想的な作品です。
ピサのパトロンとして、コジモ1世 (Cosimo I de’ Medici as Patron of Pisa 1550-52) を描いている、レオナルドダヴィンチの甥の彫刻家、Pierino da Vinci による大理石の石碑。
こちらは、ブロンジーノによる、Pierino da Vinci を描いたのでは、とされる肖像画です。ブロンジーノの絵画がとてもたくさん展示されていますが、合わせて、ブロンジーノの直筆の詩なども展示されていて、あまり知られていない一面も紹介されています。
こちらは、ライバルのシエナを破り、トスカーナ地方一帯の支配権を確立した、コジモ1世の40歳頃の肖像画です。こちらもブロンジーノの作品です。
権力の象徴でもある当時の様々なコインも展示されています。コインには、典型的な肖像画の他、自身が建設を進めた、フィレンツェの有名建築物などが描かれているものもあります。
コジモ1世は、ビジュアルアートだけでなく、詩や歴史書などの文学のパトロンでもありました。
こちらは、マニエリスム期の署名ベネチア派画家、ティッツァーノ(Titian) による、哲学、歴史、詩など様々な分野で活躍した当時の著名作家、Benedetto Varchi を描いた作品です。
ミケランジェロの弟子であった、ジョルジョ・ヴァザーリ (Giorgio Vasari) の書物も展示されています。ジョルジョ・ヴァザーリ (Giorgio Vasari) は、自身もコジモ1世のお抱え画家でありながら、美術史家としてルネサンス期前後の歴史書、美術家列伝を著し、ルネサンス三大巨匠をはじめ、ルネサンスアートの偉大なプロモーターでもありました。
ミケランジェロと関係が深かった、ダニエレ・ダ・ヴォルテッラ (Daniele da Volterra) 作とされる、メット所蔵のミケランジェロの肖像画も展示されています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ボッティチェリらルネサンスを代表するアーティストたちは、15世紀後半、メディチ家の ロレンツォ・デ・メディチ (Lorenzo de’ Medici) がパトロンとなり、フィレンツェで活躍していました。
最後のギャラリーでは、16世紀にフィレンツェで活躍したスタイルの違う2大アーティスト、ブロンジーノ と フランチェスコ・サルヴィアーティ (Francesco Salviati) の作品の数々が対比する形で展示されています。16世紀は、ハイルネサンスの三大巨匠らの作風に強い影響を受けながら、非対称や、誇張などで、どこか現実離れした感じに描く、マニエリスムの全盛期でした。
ブロンジーノの作品は、現実以上に美化されている優美な雰囲気のアートが特徴です。左側の ゲッティセンター からやって来た作品は、ブロンジーノにしては少し写実的な感じで、ブロンジーノ、サルヴィアーティ (Salviati) のどちらが描いたか議論がある作品のようです。ゲッティセンターでは、サルヴィアーティ (Salviati) の作品とされていましたが、今回の展示では、ブロンジーノの作品とされています。
こちらもブロンジーノ作、フィレンツェ出身の銀行家、Bandini夫妻 (Pierantonio Bandini & Cassandra Bandini) を描いたとされる肖像画です。穏やかな中に、威厳を感じさせる作品で、色の配置が印象的です。
フランチェスコ・サルヴィアーティ (Francesco Salviati) は、陰影をつけたり、より写実的な描写が特徴ですが、人物の表情やプロポーションがどこかコミカルな印象を受けます。
こちらは、当時の有力な銀行家、Bindo Altoviti を描いた二作品。サルヴィアーティ (Salviati) による肖像画とマニエリスム期を代表する彫刻家、チェッリーニ (Cellini) の胸像が ペアで展示されています。著名なアーティストによる肖像は、メディチ家だけでなく当時の有力者層の一つの権力の象徴だったようです。有力者、Bindo Altoviti は、コジモ1世と対立し、反逆者とされ、トスカーナ地方の領地などが没収されました。
メディチ家の特別展は、古典西洋美術好きはもちろん、歴史、特に西洋史好きも楽しめる内容になっています。The Medici: Portraits and Politics, 1512–1570 は、10月11日まで開催されています。
メトロポリタン美術館の特別展は、一般入場料に含まれているので、シティパス などの観光パスを利用しても訪れることができます。
古典西洋美術の常設ギャラリーもおすすめです。
メトロポリタン美術館は、世界のアートを含めた、様々なジャンルの展示があり、見どころ盛りだくさんです。