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テスラの由来 あの有名なエジソンよりすごいニューヨークで活躍した知られざる天才発明家

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(Wikimedia)

昨日、テニスのウィンブルドン選手権の男子シングルスで現在第一シード、セルビアのノバク・ジョコビッチが2連覇を成し遂げました。8月後半からニューヨークで始まる全米オープンでも活躍が期待されています。
そのジョコビッチ選手が、こんなツイートをしていました。

ツイートの内容には、
「今日は、忘れてはいけないあの偉大な人の誕生日。決して夢をあきらめなかったあの偉大な人!二コラ・テスラ」
と、二コラ・テスラの誕生日ということで、テスラを心から称えるものでした。
ペットの犬にまでテスラという名前をつけているジョコビッチ選手がここまで尊敬するその偉大な人、二コラ・テスラとはどんな人なのでしょうか?

二コラ・テスラとは、ジョコビッチ選手と同じセルビア人でした。19世紀後半から20世紀中盤にかけてニューヨークにやってきて活躍した天才発明家だったのです。
7月10日はその二コラ・テスラの誕生日だったそうで、ジョコビッチ選手のツイートから、彼が同じセルビア系として二コラ・テスラのことをとても誇りに思っていることが伝わってきます。

この二コラ・テスラ、実は、セルビア出身の人々の間だけでなく、その業績を知る人たちからは、とても敬われている偉大な人物なんです。

二コラ・テスラという人物のことは知らなくても、テスラという名前は聞き覚えがありませんか?
最近では、テスラと言えば、イーロン・マスクが率いる電気自動車の会社がとても有名です。電気自動車だけでなく、最近では家庭用バッテリー事業にも乗り出し、石油などの化石燃料に頼らない代替エネルギーの普及という大きな目標を掲げる会社、Tesla Motorsです。

この「テスラ」という会社の名前は、ヨーロッパから移民としてアメリカにやってきて、ニューヨークで活躍した天才発明家二コラ・テスラに由来するんです。

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二コラ・テスラは、20世紀初頭、ニューヨークではとても有名な人でしたが、現在ではそれほど一般に知られている人物とはいえません。当時ニューヨーク、ニュージャージーを中心に活躍し、実用的な白熱電球などを発明した誰もが知っているエジソンに劣らない、いえ、実はそれに並ぶかそれ以上とも言われるほどの偉大な発明を数多く行った人なんです。

二コラ・テスラは、1856年オーストリア支配下の旧ユーゴスラヴィアに生まれ、電報会社などいくつかの会社で働き、その後、現在のGEに続いていくエジソンの会社、Continental Edison Companyのフランス支社で働いていました。その後ニューヨークに移り、あの有名なエジソンの下で、エジソンの発明した直流(DC)発電機を改良する仕事に携わっていたそうです。そこで大きな成果を上げたにも関わらず、約束されていた莫大の金額の報酬を受けとることができませんでした。エジソンに、あれはアメリカンジョークだよとあしらわれ、会社を去ったそうです。
その後、二コラ・テスラは、自分の会社を立ち上げ、アメリカにおける最初の特許を取得するものの、あまり上手くいかずに結局一文無しで追い出され、その後、電気工などをしつつなんとか生計を立てている時代もあったようです。
その当時のニューヨークはまさにGilded Age、急速な技術の発展による繁栄を謳歌していました。現在ではテクノロジーと言えばシリコンバレーを思い浮かべますが、当時のニューヨークはまさに今のシリコンバレーのような状態だったようで、技術的な発明に対して積極的に投資を行う投資家も多かったようです。そんな中、二コラ・テスラはバックアップしてくれる新たな投資家を見つけ、再び研究所を立ち上げました。そこで1887年に、様々な側面でエジソンのDCよりずっと実用的で電送に優れた交流(AC)電源を発明することとなりました。

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(awesome.good.is)

そこで起こったのが、War of Currentsと呼ばれるエジソンの会社のDC 対 二コラ・テスラのACの特許使用権を手に入れた会社 Westinghouse Electricの戦いです。エジソンの方はかなり強引にACの危険性を印象づけるキャンペーンを行ったようですが、最終的に勝利したのは二コラ・テスラの発明!そう、現在でも電送に使われている実用的な交流電源ACは、実は二コラ・テスラの偉大なる発明だったのです。

その後も、エジソンとテスラのライバル関係はずっと続いたようです。
ビジネスマンというよりは、根っからの天才発明家だった二コラ・テスラは、交流電源の他、無線、ラジオ、リモコン、テスラコイル、モーターと多くの発明を行い、300件ほどの特許を取得していたそうです。

興味がある人は、より詳しいバイオをこちらでどうぞ。

多くの発明をし、特許を取得していた二コラ・テスラは、富、名声を手に入れたようですが、その後、それらを上手く活用することができず、プロジェクトの失敗が続き、破産状態となり、晩年は恵まれない中、あのNew Yorkerの看板が印象的なNew Yorker Hotelで亡くなり、The Cathedral of Saint John the Divineでお葬式がとり行われたそうです。彼が当時住んでいた部屋にはこんなショートバイオが飾られているようです。
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(Wikimedia)

その業績の割に、現在ではあまりにも知られていないこともあり、熱烈なファンも多いようで、少し大げさな感もありますが、このようにコミック形式で分かりやすくテスラの偉大さについて紹介しています。

セルビアには、テスラを記念してつくられたNikola Tesla Museumがありますが、アメリカにはそのようなものはありませんでした。
そこで、2012年クラウドファンディングにより資金を募り、すすめられているプロジェクトがニューヨーク、ロングアイランドのTesla Science Center at Wardenclyffeです。放置され、荒れ果てていた昔のテスラの研究施設を買い取り、ミュージアムを建設中のようです。

二コラ・テスラと違い、エジソンは発明家である一方ビジネスマンとしても成功したこともあり、晩年に名を残しました。
エジソンは、”The Wizard of Menlo Park”とも呼ばれ、その足跡は今でもいくつかのニュージャージーのゆかりのある場所に残っています。
エジソンが亡くなったニュージャージーのウエストオレンジには、トーマスエジソン・ナショナルヒストリカルパーク(Thomas Edison National Historical Park)があります。また、それ以前に住んでいたメンローパークには、Thomas Edison Center at Menlo Parkがあります。

当時、エジソンとテスラは、ともにノーベル賞を取るのではと噂されていたようですが、結局どちらも取ることできませんでした。その一方、テスラの方が先に特許を取得したと言われている無線通信の貢献で、イタリアのマルコーニがノーベル賞を獲得したということもあったようです。

二コラ・テスラは、エジソンのように知られてはいませんが、彼の業績は偉大で、現在でも知らず知らずのうちにみんなが恩恵を受けています。そんな二コラ・テスラを、今でもセルビアのジョコビッチ選手のように同郷の英雄として尊敬している人もいれば、大きなブレークスルーを目指す会社が、偉大なる天才発明家だったテスラにちなんで名前をつけるなど、偉人二コラ・テスラは今も人々の中に生き続けています。

テスラの由来 あの有名なエジソンよりすごいニューヨークで活躍した知られざる天才発明家 was last modified: 9月 6th, 2016 by mikissh

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