現在、世界中で、脅威の感染力を誇る新型コロナウイルスが猛威を奮い、アメリカ、ヨーロッパを中心に数多くの犠牲者が出ていますが、世界規模の感染症の大流行となるパンデミックは、とても珍しいことで、現在の状況に最も近いパンデミックは、今から100年程前に大流行し、世界中で5億人もの人が感染したとされるスペイン風邪です。昨年、ロンドンで訪れた、フローレンスナイチンゲール博物館では、看護学の祖、フローレンス・ナイチンゲールの生涯についての紹介と、スペイン風邪の特別展が開催されていました。フローレンス ナイチンゲール博物館の見どころと、現在進行形の新型コロナウイルスにも通じるスペイン風邪について紹介します。
フローレンス・ナイチンゲール博物館 (Florence Nightingale Museum) は、ロンドンのテムズ川沿いにある、セントトーマス病院に隣接してあり、対岸には、イギリスの政治の中心、ウエストミンスター宮殿があります。セントトーマス病院は、イギリス首相、ボリス・ジョンソンさんが、昨日まで入院していた病院です。退院後、元気に会見をしていて安心しました。
会見の様子の映像は こちら です。NHS の医療関係者にとても感謝していましたが、中でも印象に残ったのが、つきっきりで看病してくれたという看護師さんたちへの謝意です。まるで戦争中のような現在の重症患者激増の混乱状態の中で、この先どうなるか分からず心細い患者さんたちにとっては、つきっきりで看病に当たってくれている看護師さんたちは、お医者さん以上に頼もしい存在となっていると思います。
現在では、看護学はしっかりと確立されていますが、そんな近代看護学の礎を築いた人物が、イタリア出身で、イギリスで活躍した、フローレンス・ナイチンゲールです。19世紀半ばに、オスマントルコと、イギリス、フランス、ロシア間で起こったクリミア戦争時に、看護婦として活躍し、後に、セントトーマス病院に看護学校を設立し、現代へと続く近代的な看護学を確立した人物こそが、フローレンス・ナイチンゲールです。
ナイチンゲールは、1910年に亡くなりましたが、1918年に大流行したスペイン風邪の時には、ナイチンゲールの学校で学んだ多くの看護師たちが大活躍したと思われます。
スペイン風邪から100周年を迎え、フローレンスナイチンゲール博物館で、2018年から今年、2020年1月まで開催されていた、スペイン風邪の特別展では、物凄い数に上る、感染者数、犠牲者数と共に、病院の状況が再現されたり、遺品が展示されていて、その当時の悲惨さが伝わって来る内容でした。ただし遠い昔の話で、なかなか近い将来に現実に起こり得る問題としてとらえることができませんでしたが、新型コロナウイルス危機の今、より切迫した身近な問題として感じられます。
世界規模のパンデミックは、例えば、映画、Contagion(予告編) などの題材にもなっており、久しく起こっていなかったこともあり、いつ起こってもおかしくないと言われていましたが、残念ながら、自然災害の地震など同様、本気で現実に直近で起こることを想定できた人は、それ程多くなかったかもしれません。
スペイン風邪は、現在の新型コロナウイルス同様、風邪やインフルエンザの親戚みたいな存在のウイルスの感染症で、もともと何らかの病気にかかっていた人が死亡する可能性が高く、明確に死因がスペイン風邪だったと特定するのが難しかったようです。スペイン風邪は、1918年から1920年にかけての3度の流行を通して、世界全体で、感染者は 5億人、犠牲者は 5000万人程だったと見積もられています。例えば、アメリカは67万5千人、日本は39万人、フランスは40万人、スペインは26万人、イギリスは25万人の死者が出ています。第一次世界大戦があった時期だったこともあり、人の行き来も多く、世界中のほとんどあらゆる場所に感染が広がっていたそうです。
スペイン風邪と聞くと、スペインで発生した病気の印象を受けますが、実はそうではありません。第一次世界大戦中、戦争に参加していた各国が情報統制を行っていた中、中立主義で情報統制をしていなかったスペインでのみ、この感染症のことが数多く報じられたことにより、スペイン風邪と呼ばれるようになったそうです。
スペイン風邪の起源は定かではなく、アメリカのカンザス州や中国など様々な説がありますが、こちらの映像では、そんなスペイン風邪全般について分かりやすく解説しています。スペイン風邪では、最も免疫系が強いはずの20代から40代の若い犠牲者が多かったそうです。
ニューヨークの新型コロナウイルス対策で現在緊急病院として、Javits Center を仮設病院にしたり、セントラルパークに野外病院を設置したりなどしていますが、スペイン風邪の流行当時も一時的な野外病院が設置され看病が続けられたようです。
現在、新型コロナウイルスの治療のために、新薬の開発と並行して、実験的に今すぐ使える様々な薬を試したりしていますが、当時も同じように様々な薬が試されたようです。当時はアスピリンの大量投与なども行い、場合によっては、逆に、薬によって死者を増やしてしまったケースも色々とあったようです。
スペイン風邪の時代には、抗生物質や抗ウイルス薬など一切ありませんでしたが、ワクチンの概念はあり、Royal Army Medical College によって作られた、実験的なワクチンなども展示されていました。
スペイン風邪は、戦争など色々な事情があり、正しい情報が広く伝えられていなかったこともあり、25週間に2500万人もの人が感染したそうです。
アメリカで、スペイン風邪の流行時に、最も効果的だった公衆衛生対策は、ビジネスや教会を閉鎖したりする、ソーシャルディスタンシングでした。各都市毎でそれぞれ対策が異なり、犠牲者数やそのカーブにはかなりのばらつきがあったようです。多くの人が感染し抗体が出来たためか、ウイルスの変異なのか、スペイン風邪は、2-3回の流行を経て、2年程で沈静化しました。
Social distancing isn’t a new idea—it saved thousands of American lives during the last great pandemic https://t.co/tRkdj920xe
— National Geographic (@NatGeo) March 29, 2020
ちなみに、当時の日本の対策の情報はあまり残されていないようですが、こちらのレポートで論じられています。マスク、うがい、予防接種、大都市では休校などの対策が取られていたようです。現在、新型コロナウイルスに対して、BCGのオフターゲット効果に関する実験が行われていますが、当時は、ジフテリアの血清が試みられたこともあるようです。
スペイン風邪の大流行から約100年、その間に、ウイルスをはじめ、医学、生物学の多くことに関して理解が深まり、抗生物質や抗ウイルス薬など風邪に立ち向かうための薬も色々と開発されてきましたが、感染力の高い未知のウイルスに遭遇した時の対処方法は、実は100年前も今もほとんど何も変わっていません。
感染力の高い未知のウイルスへの最も効果的な対処法は、100年前も今も、人と距離を取る、ソーシャルディスタンシングで変わらないのが現実です。
医療機器や迅速な新ワクチンの開発など医学の進歩もありますが、100年前と比較し、ウイルスに立ち向かうための武器として、最も大きく進化しているのは、その危険性に関する情報が瞬時に広くに伝えることができるコミュニケーションツールができたことかもしれません。ただし正しい情報やデータ、そして伝えるべきメッセージが正しく伝わらなければ、コミュニケーションツールがあっても役に立たないのは、時代を越えて変わりません。
20世紀初頭の経済に関するデータはあまり残されていないこともあり、スペイン風邪の流行時の経済的な影響は、あまり研究されていないようですが、セントルイスの FRB による レポート(PDF) によると、短期的にはかなり経済活動が停滞したようですが、長期的には、それ程影響はなかったようです。当時は、スペイン風邪の他、第一次世界大戦の終戦も重なっていたり、現在は当時と異なり、世界的に相互依存し、レベレッジ(Debt) でいっぱいの経済とその有り方が大きく異なるのでなかなか比較しにくいですが、新型コロナウイルスの沈静化後に、急回復できる可能性を期待することもできるかもしれません。
ナイチンゲールミュージアムの常設展では、クリミア戦争で看護婦として大活躍し、後に看護学校を設立したフローレンスナイチンゲールの生涯について色々と紹介されています。データや統計を大切にし、科学的な看護や公衆衛生を唱えた他、作家としても知られています。
こちらの映像でも、ナイチンゲールの生涯が分かりやすく紹介されています。
フローレンス ナイチンゲール博物館 Florence Nightingale Museum
2 Lambeth Palace Rd, Bishop’s, London SE1 7EW, United Kingdom 地図
フローレンス ナイチンゲール博物館と合わせて訪れたい、イギリス、ロンドンの見どころはこちら。