ニューヨークのアッパーイーストサイドにあるジューイッシュミュージアムでは、フランスやアメリカで活躍したユダヤ系ロシア人アーティスト、シャガール (Marc Chagall)、そしてリシツキー (El Lissitzky)、マレーヴィチ (Kazimir Malevich) といったロシアンアバンギャルドの著名なアーティストたちの特別展が開催されています。1917年に起こったロシア革命後、シャガールは、社会主義の新体制下、アートスクールを設立し教育活動を行っていた時期があり、その知られざる数年間に焦点を当てた面白いテーマの特別展となっています。
絵画の他、ステンドグラス製作や オペラなどの舞台美術 など幅広い分野で、パリ、そしてアメリカでも活躍した20世紀の著名アーティスト、マーク・シャガールは、ロシアの現在のベラルーシ生まれです。サンクトペテルブルクでアート教育を受けた後、パリでもアートスクールに通いましたが、その後、ロシアに戻ります。展示会場には、そんな当時のパリの様子を彷彿とさせる作品も飾られています。
20世紀前半に、ロシアで起こった大事件が、労働者による1917年のロシア革命です。それまでの社会的階層が崩壊し、ユダヤ人であったシャガールも全ての人に開かれたアートスクール (Vitebsk Arts College) を設立することになります。そこに、先生として加わったのが、マレーヴィチ (Kazimir Malevich)、リシツキー (El Lissitzky) ら、ロシアンアバンギャルド、シュプレマティスムの代表的なアーティストたちでした。ところが、シャガールは、学校での革命後の社会に相応しいアートスタイルの考え方、教育方針の違いから学校を去り、最終的には、期待した革命後の政治の方向性にも裏切られ、ソ連を去ってフランスへ向かうことになります。
現在、ニューヨークのユダヤ美術館で開催されている特別展は、”Chagall, Lissitzky, Malevich: The Russian Avant-Garde in Vitebsk, 1918-1922″ と題された、そんな時期に焦点を当てた、面白いものとなっています。
シャガール
シャガールらしい幻想的な作品が並んでいます。こちらは、シャガール自身のウェディングポートレート作品、”Double Portrait of Wine Glass” です。パリの ポンピドゥーセンター からやって来ています。
こちらの作品は、”Anywhere out of the World”。シャガールの作風は、キュビスム、シューレアリスム、フォーヴィスムなど当時のパリの様々なアートムーブメントの影響を受けつつ、他のアーティストとは少し違ったロシア出身のユダヤ系らしいエキゾチックな雰囲気が魅力です。
シャガールの作品には、体をくねらせたり、歪んでいたり、ユーモラスな人物がよく登場します。
皮肉が込められているのか、シュプレマティスム的な要素にヤギと十字架にかけられた聖人を描いたシャガールの作品、The Playboy of the Western World もありました。
部屋を移っていくと、ロシアンアヴァンギャルドで有名になるリシツキー (El Lissitzky) と マレーヴィチ (Kazimir Malevich) の世界が広がっています。シャガールと同じアートスクールの先生だったとは思えないような、幾何学模様がいっぱいの抽象アートの作品が並んでいます。
シャガールは、個人主義で、自由を尊ぶ独立心のあるフランスで暮らし、教育を受けてきたのに対して、リシツキーやマレーヴィッチは、旧ロシアで教育を受けたこともあり、教育への考え方も大きく異なるものだったようです。いつの時代の教育でも普遍的な問題だと思いますが、シャガールは、それぞれの生徒が、様々なスタイルを試しながら、クリエイティブに自身のスタイルを模索していくことを期待していた一方で、マレーヴィッチやリシツキーは、理論的な構成で、生徒が先生のスタイルを継承することにより、そのムーブメントの影響力を高めることに主眼が置かれていたのかもしれません。
リシツキー
エル・リシツキー (El Lissitzky) もユダヤ系、旧ソ連リトアニア出身で、ロシアンアバンギャルドの代表的なアーティストです。色々な意味で社会に影響を与えるためのアート作品の製作が近年よくみられますが、リシツキーもそんな考えの持ち主で、目的に応じて、作品製作を行った人だったようで、ソ連の広報、プロパガンダ的な作品も多く残しています。
マレーヴィチ
カジミール・マレーヴィチ (Kazimir Malevich) は、ポーランド系で、現在のウクライナ出身、ロシアンアバンギャルドの代表的存在で、カンディンスキーらと共に抽象アートの代表的アーティストとして知られています。幾何学模様を多用するシュプレマティスムの提唱者で、作品の製作だけではなく、そのアート理論の本まで出版した理論家です。
絵画だけでなく、マレーヴィチのデザインが描かれたお皿なども展示されています。
高層ビルが思い浮かぶ、建築家が作成するような模型の作品も展示されています。
アートがその時代、周囲のアーティストたちとの相互作用に大きく影響されることがよく分かる面白い展示となっています。
ユダヤミュージアムでは、他にも、今年一新されたユダヤにまつわる常設展もあり、色々と見どころの多いミュージアムです。