ダリ劇場美術館 (Dalí Theatre-Museum) は、20世紀を代表するアーティストである、サルバトール・ダリ (Salvador Dalí) が、出身地であるカタルーニャ地方のバルセロナの近郊の町、フィゲラス (Figureres) に、ダリ自身がデザインし建てた面白いコンセプトのミュージアムです。ダリは、シューレアリスム的な作風で知られていますが、館内には、そんなダリの不思議な世界を体感できる様々な作品が展示され、ダリらしい遊び心と、ダリに影響を与えたアーティストたち、そしてその後のアート界へ与えた影響などを感じることができます。
フィゲラスってどこ?
スペインのカタルーニャ地方は、世界的にも有名なピカソ、ミロ、ダリら20世紀に活躍した近代アートの巨匠を生み出した地域で、そんなアーティスト達の作品や人生を垣間見ることができる美術館が色々あります。カタルーニャ地方の中心都市、バルセロナは、ピカソ美術館やミロ美術館など多くの美術館がありますが、ダリ美術館は、バルセロナから少し離れた、ダリの出身地である、フィゲラス (Figueres) という町にあります。
ダリ劇場美術館 (Dalí Theatre-Museum) は、バルセロナの Barcelona-Sants から AVE や Avant で、フランス方面に二駅目の駅、Figueres-Vilafant が最寄り駅で、電車で一時間弱、駅から20分程歩くと到着します。バルセロナとフィゲラスの間には、Game of Thrones にも登場した、ジローナがあるので、合わせて訪れるコースも人気です。
フィゲラスは、長閑な田舎の雰囲気の場所ですが、町一番の見どころとなっているのが、ダリ劇場美術館 (Dalí Theatre-Museum) で、駅では、早速、ダリが出迎えてくれます。アーティストと言うと作品は有名になりますが、なかなかアーティスト自身の顔は思い浮かびませんが、ダリは自身をメディアなどに露出して売り出した先駆的なセレブアーティストで、多くの人がそのダリの顔を見たことがあると思います。アンディ・ウォーホールをはじめ、その後の有名現代アーティストにも大きな影響を与えた人物です。
ダリ劇場美術館
ダリ劇場美術館 (Dalí Theatre-Museum) は、そんなダリというとても個性豊かなアーティスト自身が、意欲的にデザインし、1974年に設立されたミュージアムだけあって、一歩足を踏み入れただけで、他のミュージアムとは違うかなり独特なダリの世界が作り出されていることが感じられます。ダリ劇場美術館には、ダリ自身のお墓もあり、ダリが晩年に精力を注いだ個人的な想いのこもったプロジェクトでした。ダリがまだ子供の頃の1918年、展示会が開かれたこともあったというダリの思い出のフィゲラスの劇場で、リノベーションされ、ダリらしい面白い美術館となっています。
フィゲラスのダリ美術館は、バルセロナから少し離れた立地にあるため、団体のバス旅行でも人気があり、年中人がいっぱいの美術館ですが、今年は、コロナのためしばらく閉鎖されていて、コロナ対策の下、再オープンしたところです。月曜日以外の7月11日から9月13日までの 夏の間の営業予定 を発表しています。今年は、多くの人が現地を訪れることができないと思いますが、そんな人のために バーチャルツアー も用意されています。
ダリ劇場美術館の見どころ
ダリ劇場美術館の館内に入ってすぐのコートヤードで、目を奪われたのは、こちらの作品。ダリがアメリカ暮らしを終え、ニューヨークから持ち帰ったとされる、黒いキャデラックに、逆さまの船がのった不思議な作品、Car Naval. Rainy Taxi です。中央には、オーストリア人アーティスト、Ernst Fuchs の 1973年の作品、Queen Esther と題された女性像があります。
車の中を覗いてみると、ちゃんと運転している人がいて、芸が細かい作品です。こういうダリっぽい同様のコンセプトの作品の数々は、アメリカのダリ美術館として No1 を誇る、フロリダのセントピーターズバーグの ダリ美術館 にも色々面白い作品があります。
周囲からは、黄金の人形たちに見守られています。
コートヤードの奥へ進んでいくと、かつて劇場だった、とても広い気持ちのいい空間のお部屋へと入っていきます。お部屋の中からガラスの大窓越しにコートヤードを眺める景色もとても綺麗です。
天井を見上げてみると、ガラスのクーポラがあります。
そしてトリックアートなど、遊び心溢れるダリの作品が様々な場所に点在して飾られています。
このトリックアートは、遠くから見るとアメリカの有名な大統領、アブラハム・リンカーンに見えますが、近くで見ると、ダリ夫人、ガラが海を見つめている絵に見えます。作品は、Gala Nude Looking at the Sea Which at 18 Metres Appears the President Lincoln, 1975 です。
クーポラの下の大広間周辺には、Fishmonger Gallery と Treasure Gallery の二つのギャラリーがあり、ダリの生涯に渡る数多くの作品が展示されています。
ダリは、1904年に、フィゲラスに生まれ育ちます。1922年、ダリはマドリードの名門美術学校、王立サン・フェルナンド美術アカデミーで学びました。
こちらは、ダリが20歳前のそんな時期、1923年に描いた作品、Port Alguer です。ピカソ風のキュビスム的な作品です。
こちらは、マティスやシャガールのような作風で 1923年頃の作品、Satirical Composition。まだ学生時代の作品なので、強いダリらしい個性は見られませんが、当時の著名アーティストの特徴を上手にとらえて描いています。
第一次世界大戦や、スペイン風邪の時代を経て、ヨーロッパで、1920年代頃から隆盛となっていたのが、ダダイスムの流れを汲んだ、シューレアリスムです。ダリも当時のアート界の中心パリを訪れるようになり、多くの文化人と親交を深める中、その思想やフロイトの夢判断、アートとしては、特に、同郷のピカソ、ミロ、そしてフランス人アーティスト、Yves Tanguy らに影響を受け、シューレアリスム的な作品を描くようになり、その後、ダリは、シューレアリスムの代表的アーティストとなります。
こちらは、1934年の作品、The Spectre of Sex-Appeal。最近のコロナによるパンデミックを体験し、そんな時代の雰囲気やシューレアリスムが少しは実感を持って理解できるようになった気がします。
こちらは、1941年の作品、Soft Self-Portrait with Grilled Bacon。ダリは、第二次世界大戦中、ニューヨークで暮らしていましたが、こちらは、Saint Regis Hotel で、毎朝、朝食で食べていたと言うフライドベーコンで自画像を描いた作品です。アメリカでの疎開生活を余儀なくされ、ストレスを表現しているのかもしれません。
こちらは、ダリにしては素朴過ぎる印象を受ける作品ですが、1945年、第二次世界大戦の終戦時に描かれたとされる、パン籠を描いた Basket of Bread-Rather Death Than Shame です。ダリは、フロイトに傾倒していたりと隠れた意味合いを持っている作品を多く描いていますが、こちらも政治的な意味合いが込められている作品です。
ダリの人生に最も大きな影響を与えたのが、1934年に結婚した、妻のガラ (Galarina) です。ガラを描いた作品を数多く残していて、こちらは、1945年に描かれた作品です。
ダリは、ラファエロ、エルグレコ、ベラスケス、フェルメール、Bouguereau と様々なアーティストから影響を受けていますが、中でも最も大きな影響を与えたアーティストが、同郷の20歳程年上のピカソでした。ピカソ同様、世界的に有名な存在となった、最盛期のダリは、ピカソに対して複雑な感情を抱いていたようです。こちらは、ピカソの像を描いた1947年の作品、Portrait of Pablo Picasso in the Twenty-first Century (One of a series of portraits of Geniuses: Homer, Dali, Freud, Christopher Columbus, William Tell, etc.) 。
こちらは、ダヴィンチをはじめ、ルネサンス期によく描かれたギリシア神話に登場するレダと白鳥のモチーフを描いた、1949年の作品、Atomic Leda です。こちらもガラが登場しています。
こちらは、最愛の妻、ガラが亡くなった1982年に描かれた作品、Geological Echo. La Pietà です。作品の部分部分に、別のモチーフを描くという面白い手法が使われています。ダリは、その翌年、1983年を最後に、絵画を描くのを止めてしまいます。
ダリは、美術館に隣接するガラテアの塔で、1989年に亡くなり、今このダリ劇場美術館のミュージアムのクリプトに眠っています。
カタルーニャ地方では、セントジョージとドラゴンの伝説の龍のモチーフをよく見かけますが、ダリのお墓がある地下には、ドラゴンとエッグの宝飾品などが、ずらりと飾られています。
くねくねとしたミュージアムの廊下にも、色々な作品が展示されていて、眺めながら移動していきます。
クーポラの大広間から階段を上ったフロアには、絵画作品以外にも、彫刻や、コンセプトアートなど分野にとらわれず面白い作品が色々あります。頭上など様々な場所に面白アートが隠れているので、そんな隠れアートを探してみるのも楽しいです。
こちらは、アメリカ人女性をモチーフとした1974年の作品、Face of Mae West Which Can Be Used as an Apartment。全体で顔に見えるように、展望スポットが用意されています。
こちらは、MoMA でもお馴染みの作品、Retrospective Bust of a Woman。こちらは、1933年の MoMA の作品の復刻版で、1976-77年に製作されたものです。
こちらは、1964年のルーヴル美術館でお馴染みのミロのビーナスが引き出しになった作品、Venus de Milo aux Tiroirs です。
リビングルームやベッドルームのある、お屋敷風のギャラリーもあります。時計が溶けているダリのお馴染みのモチーフの作品も飾られています。
ダリとアメリカの関係は深く、ダリは、アメリカを何度も訪れ、第二次世界大戦中は暮らしていたこともあり、アメリカには、数多くのダリの作品があります。特にアメリカでの、ダリの名声を高めたのが、1930年代前後に開催された MoMA での特別展です。1936年には、ダリの作品も展示された、Fantastic Art, Dada, Surrealism、1941-42年には、ミロ と ダリの特別展も開催されました。ニューヨークの MoMA には、ダリの代表作である、記憶の固執 (The Persistence of Memory) が展示されています。
そんなお部屋に似合った、不思議な作品が飾られています。こちらは、マドリードの プラド美術館 で有名なベラスケスのラス・メニーナスが緑のパネルに刷り込まれた作品。
天井を見上げてみると、宮殿のような天井画が、迫力のあるダリスタイルで描かれています。
こちらは、ダリがアメリカ滞在中に、アメリカを象徴的に描いた1943年の作品、Poetry of America。モントレーや砂漠などカリフォルニア州の景色を背景に、アメフト、アフリカ系アメリカ人、コカコーラのボトルなど、ダリの目に写ったアメリカらしい光景が描かれています。
妻のガラを描いた 1957年の作品、Galatea of the Spheres。球を組み合わせてガラを表現するという、ダリらしい、トリックアート作品です。
こちらは、1962年の作品、50 Abstract Paintings which Seen from Two Metres Change into Three Lenins Disguised as Chinese and Seen from Six Metres Appear as the Head of a Royal Tiger。当時、隆盛だった抽象アートの手法で、トラを表現しています。
所々には、神話の世界のような作品も置かれていて、ダリのファンタジーの世界を垣間見れます。
鏡の反射などを用いた、面白いトリックアートも色々紹介されています。
こちらもトリック的アートで、ボトルには、ガイコツが映っています。
まるで発明家のような作品もあり、定期的に動き出す機械仕掛けもあります。
ダリは、晩年、科学と宗教の関係性に興味を抱き、核神秘主義 (Nuclear Mysticism) と名付けた、科学と宗教の狭間的な神秘的な作品も残しています。
ダリは、テレビや雑誌などメディアに数多く露出し、セレブ的手法を取り入れた先駆的なアーティストです。例えば、アンディ・ウォーホル、ジェフ・クーンズ など、そんなダリに、多くの現代アーティストが影響を受けています。
2階には、ダリとコンセプトは共有していますが、少し雰囲気の違ったギャラリーが登場します。
こちらは、ダリの友人で、共同でこのミュージアムをデザインしたアーティスト、Antoni Pitxot さんの1974年の自画像です。岩を組み合わせて描いたような独特の作風で Antoni Pitxot さんの作品が数多く展示されています。
最上階の3階には、エルグレコ、Gerrit Dou、William-Adolphe Bouguereau ら、ダリが所有していた作品も展示されています。
ダリ宝石館 Dalí·Jewels
ダリ劇場美術館のお隣には、宝石館、Dalí·Jewels があります。
ダリは、絵画や彫刻の他、ファッション、映画、デザインなど様々な分野に携わってきたアーティストです。宝石のデザインもその一つで、ダリらしい不思議な世界が表現された宝石の数々が Dalí·Jewels で展示されています。
ダリの有名な足の長いゾウを描いた絵画作品、The Elephants が宝石の作品としても登場していました。
美術館の外観も童話の世界のような楽しそうなミュージアムの建物になっています。ダリ劇場美術館は、ダリ自身が気合を入れて手掛けたことが感じられ、その世界感が体感できる貴重なミュージアムです。
今年は、コロナのため周辺に住んでいる人だけになるかもしれませんが、パンデミック終息後、バルセロナをはじめカタルーニャ地方を旅行するとき、ダリ好きはもちろん、アート好きにおすすめの美術館なので、是非訪れてみてください。
ダリ劇場美術館の見学所要時間は、2時間程で、少し駆け足で全体を見て回ることができます。3時間程あるとゆっくりと過ごすことができます。
ダリ美術館 Dalí Theatre-Museum
フィゲラス、スペイン
Plaça Gala i Salvador Dalí, 5, 17600 Figueres, Girona, Spain 地図
シューレアリスムとは
最後に、ダリの作風と切っても切り離せない、シューレアリスムについてです。1920年代以降隆盛となったアートムーブメントのシューレアリスムですが、ダリが、シューレアリスムムーブメントに公式に参加したのは、1920年代後半の頃でした。リーダーだった詩人の André Breton さんとも親しく、評価も高かったようですが、次第に、政治思想的な対立が起こり、1939年、ダリはグループから除外されています。ダリは、その後も一貫してシューレアリスム的な作品が描き続けました。
シューレアリスムについては、例えば、こちらの映像で分かりやすく紹介されています。
世界のダリ美術館
この他、ダリの美術館は、世界各地にあり、例えば、アメリカのフロリダ州セントピーターズバーグにも見どころいっぱいのダリ美術館があります。
パリのモンマルトルにも、ダリのミュージアムがあり、彫刻を中心としたギャラリーがあります。
フィゲラスのダリ劇場美術館は、建築やアートの見どころいっぱいのバルセロナと合わせて訪れるのにおすすめの美術館です。